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2020-1-7 | その他

みなさん、こんにちは!

昨日まで風邪をひいていたせいか若干おセンチな星野裕太です!

いやー、家でぼーっと寝込んでると昔の事とか振り返ってしまったりする事ありませんか??

今、それです笑

いつもの元気な星野とは少し違うかもしれませんが最後までお付き合い頂けると嬉しいです☺️

先日Twitterの質問箱で「幸せってなんですか?」

という質問に

僕にとっての幸せは、今笑っていても泣いていても数年後振り返って笑い話に出来る様に生きる事。

と回答させて頂いたんです。

過去に後悔しない様に今を変えていくという事を大切に日々過ごしていますが、

それでふと自分って今までどんな人生を歩んできたかなぁと振り返ると中々面白いなーと改めて思ったわけですね笑

実際にそんな事言っても全く後悔も不自由も無い人生かと言ったらそうではなかったんですが!

実はね、僕は物心ついてすぐ位の時から両親の離婚で母子家庭で育っているんです!

父親が違う年もひと回り以上離れた兄2人と同じ父親を持つ弟が1人。

2人はもう大人だったから母と弟の3人で暮らしていたわけなんですが、そんな母が2,3年前の大晦日に他界しまして。

久しぶりに兄弟や親戚がたくさん集まり泣きながらみんなで最期を看取ったんですが、

僕の心の中では

「母ちゃんナイス!よくやった!おつかれさん!」

でしたね。

確かに50代とまだ若かったけど弟も成人してるし良くここまで女手一つで男4人も育て上げたなと。

しかも次の日、元旦は弟の誕生日ですよ。

変に次の日まで頑張らずみんながちゃんと集まってから亡くなった母は心から尊敬できるしその場で拍手を送りたくなりましたね👏👏

そんなこと出来る空気じゃありませんでしたが笑

さてさて、そんな僕の人生には恐れずに違う選択をしていたら全く別の人生になっていただろうという分岐点がいくつかありまして。

幼稚園の頃、友達のお母さんに

「絶対音感あるからピアノやったほうがいい」と薦められた時、

「ピアノは女の子がやるものだから嫌だ!」

と拒絶。

本当にそうだったかは分かりませんが、バカですねー笑

見事、今となってはその影は全くありません😂

小学生の頃、親や親戚に芸能界に入る様薦められましたが履歴書まで書いてもらったのに泣いて逃げました笑

後に、家族が見間違うくらいそっくりな方がデビューされて

「あーぁ、あの時。。。」

と文句を言われたのは高校生の頃の記憶ですね😂

あ、今は似てないですよ!

あの頃『少しだけ』似ていました!

他にもあの時なぁーと、思う事は沢山あります。

みなさんもきっとそうですよね?

でも、もし違う選択をしていたら

の自分ってうまくいっていた場合の妄想でしかないし、実際にはうまく行っていなかったかもしれない。

それはそれで楽しかったかもしれないけど、通っていた高校や専門学校。

たくさんやったいろいろなアルバイトもしていなかったかもしれないですよね!

そこで出会った人とも出会っていなかったですよ!

そうして知り合った親友たちがいるんです!

もし、違う選択をしたもう1人の自分と会う機会があるなら今の選択をした自分を思いっきり自慢してやりたいですね笑

だって楽しいもん!

多くの人が経験してない様な事を経験できているし、そのおかげでWRのキャストとして活動できる自分がいるわけで!

よく周りの方に

「よくグレなかったよね」

なんて言われますが多くの人に支えられてきた僕にグレる要素どこー🤣

って感じです笑

でも、僕はたまたまこんな性格でそう捉えられているからラッキーですが、受け止めきれない方の気持ちもすごくわかるんですよね。

あの時こうしていたら。

って後悔は僕を含め皆さんこれから先も沢山経験すると思うんです。

なのでこんな僕のブログを読んで少しでも明るい気持ちになって頂きたい。

という事で、

専門学生時代、人生2回目の自己免疫疾患という病気による全頭性円形脱毛症になってしまった時の写真を貼っておきますね笑

何故か数枚のお札を持たされています笑

この後完全にツルツルになるんですが、その時の写真が見つからなくてショックです😭

では、こーーんな長いつまらないブログに付き合って頂きありがとうございました🙇‍♂️

次回は明るい内容でお届けします!

バイバイ👋

WRITER- 星野 裕太 -

星野 裕太

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