知ることって大事

2020-3-12 | その他

 

2011年3月11日14時46分18秒

 

宮城元牡鹿半島東南東沖130km

 

モーメントマグニチュード9.0

 

最大震度は宮城県栗原市で震度7

多くの海岸地域を巨大な津波が襲い、たくさんの尊い命を一瞬にして流し去った。

原子力発電所の事故により多くの人々が故郷を追われた。

 

本当は昨日投稿すべきだったのですが、少し遅れてでも書かなければならない記事だと思いベッドから起き出してきました。昴です。

昨日は東日本大震災からちょうど9年という日でした。

 

当時の僕は中学3年生、学校の音楽会を翌日に控え、リハーサルを終えて自宅で姉と過ごしていました。

経験した中では最大の揺れだったものの、当時住んでいた大田区では建物や道路が壊れることもなく、ニュースの映像に驚きながらもどこか他人事でした。

音楽会中止になっちゃった残念だな、ぐらい。

 

高校、大学と進学して、少しずつ大人になって

随分酷いことになっていたんだなということは何となく理解しました。

そしてそれぐらいの歳になればおそらく、やろうと思えば何かしらかの支援はできたはず。

でも自分のことばかり考えていて、何もできなかった。

 

大学4年の時に、友人に誘われて復興支援のチャリティーコンサートに参加しました。

津波の被害を受けた岩手県大槌町を活気づけるため新たな音楽ホールを作ろうという「槌音プロジェクト」に、ベートーヴェン「第九」のコンサートを行い得られたチケット代や集めた募金を寄付するという活動です。

一応僕はその団体で会計担当という立場で幹部として参加していたのですが、それでもその時は「一緒に幹部やってくれたら参加費無料で第九の1st吹かせてあげる!」という友人の誘い文句に乗っかっただけでした。

寄付先のことは何も知らなかったし考えてもいなかった。

 

その年の暮れ、次年度も同じ演奏会で幹部を務めることが決まったタイミングで友人と一緒に大槌町に行こうという話になりました。

自分たちのやっている活動は自分の目で見て理解しなくてはならない。

その時点で大槌町では私鉄が復旧していなかったため、花巻まで新幹線で行きその後はレンタカーで現地まで向かいました。

プロジェクトの代表の方に案内してもらいながら被害にあった場所を見て回りました。

 

言葉を失った。

なぜ勝手に、もう終わった出来事だなんて思っていたのだろう。

まだこの地で人々は戦っていたのに。

まだ家に帰れていない人がたくさんいるのに。

 

津波に家が流されるのをその目で見ていた人の話。

死の恐怖と戦いながら庁舎の屋上で会議を開いた役所の人の話。

知人が流されていくのを救うことができなかった人の話。

 

聞いていて涙が出そうになりました。

でも、堪えた。

僕には涙を流す資格はないと思った。

今まで何も知らずに暮らしてきた僕に、

急に7年も経ってからのこのこやってきて、ワイドショーを見たかのように心を打たれただけの僕に、

この地で涙を流す資格はないと、その時感じました。

 

でもだから、来て良かったと思いました。

案内してくれた方の言葉では「被災地を知ってもらうこと、状況を知って貰うことが一番の復興支援。そしてできたら、また来てほしい」と、そうおっしゃっていました。

 

その翌年、チャリティーコンサートとは別の場で復興という言葉に出会いました。

東北・みやぎ復興マラソン

 

岩沼海浜公園を中心とする、津波の被害を強く受けた宮城県の海岸沿いを走るコースです。

参加費は復興支援として寄付されます。

もともと趣味としてランニングはしており、せっかくだからフルマラソンに出てみよう。

そんな時にこの大会のことを知り、どうせ走るなら誰かのためになる大会に出ようとすぐにエントリーしました。(ラボの同期を巻き込んで)

 

家がまばらな住宅街を走りました。

建て直されたばかりの堤防の横を走りました。

そして、沿道や給水所で笑顔いっぱいで応援してくれる現地の方々の間を走り抜けました。

 

復興支援なのだから僕らが現地の人を元気づけるために来ているつもりだったのに、僕らランナーの方が現地の人に元気をもらってしまった。

でもその時思ったんです。

過去の苦しみだけじゃない。それを立て直そうと努力し、乗り越えようと前を向いて、今を、そして未来を生きようと笑顔を浮かべているそんな現地の様子を日本中に知ってもらうこと。それも1つの復興支援なんじゃないかと。

 

知っているということはとても大事なこと。知るというのは残された僕等の重要な使命。

僕より下の世代の子達は震災のことをよく知らない人もいるだろうし、同年代や年上の方でも被災地からは離れたところにいて状況をあまり知らなかったという方もいるかもしれない。

これは命令じゃないです、義務じゃないです。

ただのちょっとしたお願いです。

辛い出来事があったこと、その対処に奮闘した方々がいたこと、乗り越えて未来に向かって歩き出している人がいること。

知ってほしいです。

そしてもし何かできることがあるのなら、どんな小さなことでもいい、応援してあげられたら素敵だなって思います。

これは3.11という地震に限った話じゃない、別の自然災害や事故、今起きているコロナの影響もそうかもしれない、だから言い出したらきりがないかもしれない。

だから少しでいい、軽くでもいい、知ることから始めてみてはいかがでしょうか。

ちなみに復興マラソン、各給水所では東北のおいしい食べものも提供されます!

りんご、いちご、せり鍋、温泉まんじゅう

とっっっても美味しかった!

復興の度合いに合わせてコースを少しずつ変更しながら、今年も開催されるようです。

ランナーの皆さん、良ければエントリーされてみては(^_-)-☆

 

WRITER- 崎山 昴 -

崎山 昴

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